プロフィール

目安時間:約 10分

 

自己紹介

はじめまして!!

私のブログに訪問頂きまして有難う御座います。

簡単ですがプロフィールを紹介させて頂きます。

 

 

名前   : YAN

年齢   : 1971年生まれ 45歳 蟹座

血液型  : AB型

出身   : 京都府

本業   : 美容関連 個人事業主

家族構成 : 母 嫁 長男(フリーター) 長女(高校生 美容師を夢見

る) 次女(中学生 未来のなでしこ)

 

 

指導者キッカケ 指導歴

 

長男がお世話になるキッカケが、私の親友の親戚が在籍していたチームが現在のチームになります。

 

その親戚は元Jリーガーで、そんな彼の事も良く知っていた事もあり

又近くにそのチームがあった事。

厳しいチームだとは解っていたが、厳しい環境で子供を育てて頂きたいと思った事が入団のキッカケでした。

 

長男が小学校2年生から6年生までは、本当にどこにでもいる

ただの保護者の1人でした。

 

長男が卒団する際に、代表からコーチとしてチームに残ってくれないかと

熱い言葉を掛けられ、不安一杯・サッカー選手としても全くの素人に近い状態でしたが、私の心の奥底にあるチーム愛が心を動かし指導者デビューをはたす。

 

保護者として5年、現在は指導者として9年目を迎えるにあたってます。

 

指導者9年間の間には、次女がサッカーをやる事になりましたが、

私は担当学年コーチとはならず、他のコーチに娘の学年はお願いし

保護者として接していました。

 

普通なら娘の学年コーチしても当然かもしれません。

 

私の考えですか、我が子供の学年を担当すると子供が可愛そうになるのではと私は考えました。

 

2つあると思います。

 

1つは、我が子を贔屓目にみてしまう指導者。

ボランティアコーチのあるあるの1つでもあると思います。

誰もが我が子は可愛いです。勿論試合に出て活躍して欲しいのは当然です。

でも本当にそれが子供の為なのか??

 

実力も伴わ無くても試合に出す・・・

影では他の保護者からの愚痴が・・・

何故あの子が??

 

こんな事になっても子供の為だとは私は思いません。

 

もう1つは逆に我が子であるが故に、厳しくバシバシ怒りまくる。

何事件が起ころうものなら誰よりも厳しく1番怒られる。

 

帰ればお父さんなのか?コーチなのか??

 

これもどうなんだろう??

と考えた私には娘の担当コーチになれなかった原因の1つでもありました。

 

現在中学2年生の学年を

小学校2年生から6年まで担当したのが1周り目の学年でした。

現在クラブチーム・中学校部活と色々なチームで活躍してくれてます。

 

現在は2周り目。

小学校3年生から現在まで2年間指導し現在に至る。

 

サッカー歴

 

サッカーとの出会いは親友であるSくんが中学時代サッカー部であり、彼は小学生当時から近畿選抜に選ばれる程サッカーが上手でした。

 

中学時代は野球部の私。

そんな彼と毎日の様に休み時間になるとサッカーを毎日毎日していました。

 

彼からもサッカー部に来ないか?

とも誘われていましたが、一度やると決めた事を3年間続けると言うのが我が家の決まりの様になっていましたので中学3年間は野球を続けていました。

 

高校に入学する際に親友Sくんとは高校が違いましたが

違う高校だけれどお互いサッカーで対戦しようと誓い合いサッカー部に入部する。

 

親友Sくんはサッカー推薦で高校に入学した事もあり、入学する前から

サッカー部の練習に参加していました。

 

そんな彼でしたが・・・

サッカー部が坊主にしないといけない事を知らなかった様で

入部早々にサッカー部を退部してしまいます。

あの誓いは何だったのか・・・

残念でしたが、私は一度やると決めた事でしたのでサッカーを続けていました。

 

では本当にを3年間と言いたい所ですが、実際には高校2年生の時に

身体が半分しびれる病になり、一時入院を気にサッカーから離れる。

 

一度離れてしまうとこれが戻りづらくなり、当時バンドブーム真っ盛りと重なり、サッカー所かバンドに夢中になる。(サッカー部籍は残っていました)

 

高校3年生になり少しづつですがサッカーにも行っていましたが、

殆ど練習にも参加せずズルズルと過ごしていました。

 

私達の年代ではインター杯で基本3年生は引退です。

本気でサッカーに取り組む人間のみ選手権まで残る事はありましたが、

基本インター杯で終わりでした。

 

そんな真面目にサッカーをやっていない私でしたが、

当時顧問の先生がおそらく最後だからと言う事で、インター杯前半だけ出してくれた事を良く覚えています。

 

本当に真面目に取り組んでいたのは実質1年半位です。

 

 

サッカー選手としては?

 

真面目にやっていないのでおわかり頂けると思いますが、サッカー選手としては全くもって出来ない選手でした。

 

高校入部当初、まず私が出来なかった事。

インステップキックが出来ませんでした。

 

遊びと本気の違いを目の当たりにし、小学生年代からサッカーをやっていた連中には本当に足元にも及びませんでした。

 

家から学校のグランドまで近かった事もあり、練習から一度帰りご飯を食べ

インステップキックが蹴れない悔しさから、

 

グランドの塀を無断で登り、壁を相手に何回も何回も蹴っていたのを記憶しています。

 

足は遅く記憶では50m 6.7秒位だったと思います。

唯一自慢できるなら体力には自信がありました。

 

私達の学校は伝統で冬になると、耐寒マラソンというものがあり

50Km近い道のりを走るという事がありました。

 

部活動をしている生徒は基本最後まで走ると言うのが決まりの様であり

陸上部・サッカー部・野球部・ラグビー部は必死で走っていました。

 

そんな強豪ひしめく中、私は全校で23位。

サッカー部内でも2位につけえらく顧問の先生にアピール出来た事を覚えています。

 

ゴールに辿り着くまでに何度足をつったことか。

最後は走るというよりも、本当に自分との戦い。

 

心が折れず最後まで完走した事は一つの自信となりました。

 

好きなサッカー選手

 

好き嫌いはあると思いますが、

イタリア元代表キャプテン ガットゥーゾ選手です。

 

まさしく私こんな選手でした。笑

あたりの強さはありませんでしたが、激しく行くところ

根性の塊の様な所はそっくりです。

 

体力だけには自信がありましたので

グランドを縦横無尽に駆け回ガットゥーゾ選手を観ているとわくわく

しましたしね。

 

ガットゥーゾ選手の唯一ダメな所は

監督・スタッフに違った表現をする所は・・・頂けませんね。

 

しかしこんな根性の塊の様な選手昨今みかけませんよ。

技術も勿論大切ですが、勝負に対するスピリッツこんな所も子供達に

教えていければと思います。

 

ガットゥーゾ選手本人も言っていますが、サッカーのレベルなら

セリエB以下だと。

 

何故そんな選手がワールドカップで優勝できたのか?

ここには深い訳があるはずです。

 

チームに一人こんな選手がいればきっと指導者としては楽ではないかな?

 

ひたすらボールを追いかけ、ボールある所に常にいる。

右に行ったかと思えばそこにいる。左に行ったかと思えばそこにいる。

 

そんなサッカー選手日本代表にいてもいいかな??

と本気で思っているちょっと変わった指導者です。笑

 

 

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